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浦和地方裁判所 昭和53年(行ウ)4号 判決

原告 杉田元重

被告 東松山税務署長

主文

一  被告が原告に対し昭和五一年七月三〇日付でした原告の昭和四八年分譲渡所得更正処分及び過少申告加算税賦課決定のうち、譲渡所得金額三一四八万五五五五円を超える部分を取消す。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

主文と同旨

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  原告は、昭和四八年分の所得税について確定申告をし、昭和五一年七月一五日、次表該当欄のとおり修正申告をしたが、被告は、同月三〇日付で原告に対し、同該当欄のとおり更正処分及び過少申告加算税の賦課決定(以下、両者を一括して「本件処分」という。)をした。

修正申告

更正及び賦課決定

総所得金額

一三四万二四〇三円

一三四万二四〇三円

譲渡所得の金額

三一四八万五五五五円

一億四五七一万三二五〇円

納付すべき税額

四八一万〇一〇〇円

二一九四万四三〇〇円

過少申告加算税額

二五〇〇円

八五万六七〇〇円

2  原告は、本件処分を不服として昭和五一年九月三日被告に対して異議申立をしたが、同年一二月一日付で右の異議申立は棄却されたので、更に、同月三〇日国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、昭和五二年一一月二八日付をもつて右の審査請求は棄却する旨の裁決があり、同裁決は同年一二月五日付をもつて原告に通知された。

3  ところで、原告は、昭和四八年三月一二日、阪東商事株式会社(以下「阪東商事」という。)に対し、原告所有の別紙物件目録(一)記載の土地(以下「交換譲渡土地」という。)を譲渡し、その対価として、阪東商事から、同会社所有の同目録(二)記載の土地(以下「交換取得土地」という。)及び現金二五〇〇万円を取得した(以下、この取引を「本件交換」という)。そして、被告は、本件処分において、本件交換による収入金額を交換取得土地の価額一億二九四三万五〇〇〇円と差金二五〇〇万円の合計一億五四四三万五〇〇〇円と認定したうえで、譲渡所得金額一億四五七一万三二五〇円を算出している。

4  しかし、本件処分における交換取得土地の価額認定は誤りであり、右価額は、別表(一)のとおり合計六六九万六七九八円とすべきである。

したがつて、原告の譲渡所得金額は、

〈1〉 収入金額 三一六九万六七九八円

(内訳)交換取得土地の価額 六六九万六七九八円

補足金          二五〇〇万円

〈2〉 取得費   一五八万四八三九円

〈3〉 特別控除額 一〇〇万円

〈1〉―〈2〉―〈3〉の計算により二九一一万一九五九円となるところ、修正申告すべき期限は既に経過しているので、原告の昭和五一年七月一五日付修正申告に係る譲渡所得金額三一四八万五五五五円の限度において、本件処分の取消を求める。

なお、別表(一)の評価額は、相続税法における時価の認定方法に従い、昭和四八年度関東信越国税局作成に係る評価倍率表に基づき算定した。但し、交換取得土地はすべて山林であり、売買実例に乏しいことから時価の評価額を相続税法におけるそれの二倍とし、また、交換取得土地のうち〈7〉から〈10〉の土地については市街化の区域にある山林であるため、宅地比準として時価評価した。

二  被告の答弁

(請求原因に対する認否)

1 請求原因1から3の事実は認める。

2 同4は争う。

(被告の主張)

(更正処分の根拠)

1 収入金額 一億五四四三万五〇〇〇円

右収入金額の認定根拠は次のとおりである。

(一) 譲渡所得の金額の計算上収入金額とすべき金額は、当該譲渡により現実に収入すべき金額であるが、この場合、金銭以外の物又は権利その他経済的な利益をもつて収入するときは、その金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額とし(所得税法三六条一項)、その価額は、当該物若しくは権利を取得し、又は当該利益を享受する時における価額とすることとされている(同条二項)。そして、所得税法三六条二項にいう「価額」とは、当該取得の時における客観的交換価値、いいかえれば、自由市場において市場の事情に十分に通じ、かつ、特別の動機をもたない多数の売手と買手が存在する場合に成立すると認められる価額をいうものと解される。

ところで、本件交換は、次のとおりの経過で行なわれた。

(1) 熊谷観光開発株式会社(以下「熊谷観光」という。)は、高根カントリークラブのゴルフ場施設を拡張するため、昭和四七年一月ころから、計画区域内にある土地の所有者に対して土地買取りの申出をし、用地の買収を始めたところ、大方の地主は比較的円滑に右の申出に応じたが、原告を含む数人の地主は強硬にこれを拒否した。しかし、熊谷観光としては、一部の用地しか買収できないようでは、ゴルフ場施設の拡張計画に多大の影響を及ぼすので、用地の全面確保を目標に、その後も買収に応じない地主の説得に努めた。

(2) 原告は、熊谷観光の土地買取りの申出に対し、その後やや柔軟な態度に変り、代替地の提供があるならば用地買収に応じてもよいとの条件を付し、原告と縁故関係にある者の経営する阪東商事を代理人として交渉を進めることとなつた。

そこで、阪東商事は、原告の意向を体し、昭和四八年二月下旬から同年三月上旬にかけて、交換取得土地を別表(二)のとおり有限会社三協不動産らから合計一億二九四三万五〇〇〇円で買入れ、それを原告の所有していた交換譲渡土地の代替地として提供することとした。

(3) 原告は、昭和四八年三月一二日、阪東商事との間において、土地売買契約(実質は、土地交換契約である。)を締結した。その内容は、原告の所有する交換譲渡土地と阪東商事の所有する交換取得土地とを交換すること及び原告に対し交換差金として二四〇〇万円の金銭を併せて支払うことを主体とするものであつた。しかし阪東商事は、右金銭とは別に、同年八月二日、一〇〇万円の金銭を「交換した土地の原告に係る納付税金の負担金」という名目で追加支払をしたので、原告が本件交換に際し阪東商事から受領した金銭の合計額は二五〇〇万円となつた。

(二) 右のとおり、原告は、交換譲渡土地を提供し、その対価として交換取得土地と二五〇〇万円の金銭を取得したから、譲渡所得金額の計算上収入金額とすべき金額は、収入した金銭以外の物、すなわち、交換取得土地のその取得の時における価額に収入した金銭の額二五〇〇万円を加算した金額とすべきである。そして、交換取得土地は、前記のとおり本件交換の相手である阪東商事が原告の意向を受入れ、特に本件交換のために、その直前に三協不動産らから別表(二)のとおり合計一億二九四三万五〇〇〇円で買入れたものであり、右買入価額を売買実例として交換取得土地の時価評価の資料とすることは、次の理由から適正妥当なものである。

(1) 本件交換の行なわれた昭和四八年三月一二日ごろは、いわゆる石油シヨツクによる経済動乱がおこる前の土地投機等のブームを呼んでいた時期で、地価の変動が激しかつた。したがつて、交換取得土地の取得時における価額(時価)の評価において、その基礎資料として援用すべき売買実例は、その売買時期ができるだけ本件交換時に近いものであり、かつ、交換取得土地と立地条件等が近似しているものであることが望ましい。

そうだとすれば、評価すべき土地が、たまたま評価すべき日の直前に売買された売買実例地でもある本件においては、当該売買実例が特殊異例なもので評価に全く援用しえないときは格別、そうでない限り、当該売買実例を援用して評価するのが最も妥当である。

そして、仮に、阪東商事が交換取得土地を三協不動産らから買入れた日以後本件交換の日までの間に地価の上昇が全く認められなかつたとしても、阪東商事がその間にその買入れた土地を他へ転売する場合には、当該買入価額にその保有期間に係る金利、維持費等の額及び売買に伴う附帯費用の額等を加算した金額によつて売却するであろうことは、商取引の慣行からみても容易に推測される。

(2) そして、阪東商事が交換取得土地を買入れた価額がその当時の時価に比して特に高額であつたとはいえないから、右売買は通常の価額によつて取引されたということができる。

このことは、阪東商事が、交換取得土地を取得すると同時に熊谷観光へ三億円という高値で売却している事実からも明らかである。また、交換取得土地は、いずれも熊谷市と隣接する江南村及び川本村に存在するが、同市内の不動産業者である阪東商事は、これらの地価にも当然精通していたと考えられ、そのような者が交換取得土地の買取りに際し異常な高値で購入したとは常識的にも考えられない。

更には、本件交換の当事者である原告と阪東商事の経営者とは縁戚関係にあり、かつ、原告は、昭和四七年七月まで阪東商事の親会社である株式会社阪東に勤務しており、また、本件交換によつて取得した差金のうち一〇〇〇万円を同会社に貸し付けている等親密な間柄である。このような特別関係者間における取引であることからして、阪東商事は、本件交換により原告に提供しようとする土地の取得に際して通常の取引価額より少しでも安く、かつ、立地条件のよりよいものを取得しようとしたものと思われる。

(3) また、評価すべき時点及びその物件と地勢、立地条件等が近似する他の売買実例を本件についてみると、

ア 交換取得土地のうち〈1〉、〈2〉の土地は、昭和四八年二月二二日に阪東商事が三協不動産から四七〇〇万円で取得し、この一平方メートル当たりの価格は八四五七円であり、同〈3〉から〈6〉の土地は、同年三月二日に阪東商事が東海ハウジングから三三九七万五〇〇〇円で取得し、この一平方メートル当たりの価格は七五六六円である。

イ 一方、右山林が所在する川本村大字本田地域一帯は、ほとんどが平地山林で、右地域内における評価すべき時点(昭和四八年三月一二日)と近似する他の売買実例として次のものがある。

〈1〉 同大字本田字中篠場一三九五番一、同所一三九六番二及び三の山林合計二五三〇平方メートルは、同年二月二六日に一平方メートル当たり六〇五五円で売買され、同日一平方メートル当たり七五六九円で他に売買されている。

〈2〉 同所字四反歩二九七一番、同所二九七二番及び同所二九九〇番の山林合計五〇七五平方メートルは、同年二月二二日に一平方メートル当たり六九六〇円で売買され、同年四月二日に一平方メートル当たり七七一七円で売買されている。

〈3〉 同所字上本田前五二九一番一、同番四から六及び同所五三一三番二の山林合計三二三二平方メートルは、同年四月二〇日に一平方メートル当たり八四六四円で売買され、同月二七日に一平方メートル当たり一万一三三五円で売買されている。

(右取引は、いずれも正常な取引であり、異常な買い進みや売り進みがあつたものではない。)

また、前述のとおり、右山林が所在する地域一帯は、立地条件等において大きな較差はないが、本件により取得した右山林と右売買実例の土地について、固定資産税評価額(一平方メートル当たりの価額)の較差に基づき場所的な修正をすると、別表(三)のとおりであり、修正後における右山林の平均価額は一平方メートル当たり七五〇四円となり、これに対応する右売買実例の土地の平均価額は、これを上回る一平方メートル当たり八三七五円となる。

以上の事情を考え合わせると、本件交換の直前に阪東商事が取得した右山林の取引価額は、その所在する地域における極めて通常の価額であることは明白である。

ウ 次に、交換取得土地のうち〈7〉から〈10〉の土地は、昭和四八年二月二一日に阪東商事が大久保松治から三一九六万円で取得し、この一平方メートル当たりの価額は一万二一一〇円である。

ところで、右物件は、市街化区域内に所在し、その付近には役場、中学校、病院等がある同村のほぼ中心部に位置し、右物件と類似する他の取引として、同村大字樋春字悪場南二〇七五番三及び四の山林合計二九七〇平方メートルが同年五月三〇日に一平方メートル当たり一万八一五一円で売買されている。

右両物件は、固定資産税評価額が同額(一平方メートル当たり二一二円八六銭)であることからして、立地条件等が同等のものと思われ、更に、地価公示価格を基として時点修正率により算出した右物件の本件交換時における一平方メートル当たりの価額一万六五三八円とを考え合わせれば、原告が取得した右物件に係る阪東商事の取得価額は極めて適正なものである。

ちなみに、市街化調整区域に所在する同村大字小江川字谷田一八八五番の山林一四三八平方メートルでさえも同年二月二日に一平方メートル当たり九〇三五円で、また、同月三日に一平方メートル当たり一万円でそれぞれ売買されており、更に、同じ市街化調整区域に所在する江南村大字小江川字谷田一八九一番二及び同所一八九二番の山林合計一九七三平方メートルも同年九月一〇日に一平方メートル当たり九三二五円で売買され、その後、同所一八九一番一の山林一九七三平方メートルと合わせ、同月一二日に一平方メートル当たり一万一四九八円で売買されている事実からしても、市街化区域内にある原告の取得物件に係る阪東商事の取得価額は異常なものではない。

エ 次に、交換取得土地のうち〈11〉の土地は、昭和四八年二月二二日に阪東商事が寺田康二から一六五〇万円で取得し、この一平方メートル当たりの価額は七九八六円である。

ところで、右物件に類似する他の売買実例としては、同村大字小江川字新山一六一〇番の山林二二五四平方メートルが同年四月七日に一平方メートル当たり六六五四円で、また、同年五月七日に一平方メートル当たり六九五九円でそれぞれ売買されている。

右実例は、いずれも阪東商事の本件取得価額を多少下回るが、その較差は約二割程度のもので、売買実例においてこの程度の値幅が生ずるのは通常であり、また、時価そのものが抽象的な価額を認定するものであることからして、阪東商事が三協不動産らから取得した前述の三件の取引がいずれも各物件が所在する地域における通常の取引価額若しくはそれを下回る取引価額であること等を考えれば、当該取引のみが異常な取引であつたとする理由は存しない。

オ 更に、国土庁土地鑑定委員会による埼玉県大里郡江南村大字小江川字大沼端二二二二番四宅地六六二平方メートルに係る昭和四九年度の地価公示価額は、一平方メートル当たり二万一五〇〇円である。ところで、右地価公示地は、交換取得土地のうち〈7〉から〈10〉の土地と地理的に近距離にあり、かつ、地勢、立地条件等も極めて近似しているから、その地価公示価額は、右〈7〉から〈10〉の土地の評価において十分に活用されるべきである。しかし、右地価公示地には昭和四八年度の地価公示価額がないので、便宜、右地価公示地の同年度の地価公示価額に相当する価額を求めると、右地価公示地と地理的に近距離にあり、かつ、立地条件等が近似していると認められる他の地価公示地のうち、昭和四八年度、同四九年度の両年度において地価公示価額のあるもの(なめ川三地点、嵐山三地点)についてその両年度間における地価公示価額の変動率(二五・八パーセント(なめ川―三)から三〇・〇パーセント(なめ川―一)の上昇率)を求めた上、前記地価公示地の昭和四九年度の地価公示価額(一平方メートル当たり二万一五〇〇円)を右のうち最大の変動率(一三〇パーセント)で除して算出したところ、前記地価公示地の昭和四八年度の地価公示価額に相当する価額は一平方メートル当たり一万六五三八円となる。

右の価額から交換取得土地のうち〈7〉から〈10〉の土地の本件交換時における価額を算出すれば、四三六四万三七八二円となる。

(三) 以上のとおりであるから、原告の本件交換による収入金額は、金銭以外の物で収入した部分(交換取得土地)の価額一億二九四三万五〇〇〇円と金銭で収入した部分の金額二五〇〇万円とを合計した一億五四四三万五〇〇〇円となる。

2 取得費 七七二万一七五〇円

右金額は、長期譲渡所得の金額の計算上収入金額から控除する資産の取得費として、租税特別措置法三一条の三に規定するところにより、当該収入金額に一〇〇分の五を乗じて算出した。

3 譲渡費用 〇円

4 特別控除額 一〇〇万円

5 所得金額 一億四五七一万三二五〇円

前記収入金額から2の取得費及び4の特別控除額を控除して算出した。

(過少申告加算税賦課決定の根拠)

被告は、国税通則法六五条の規定に基づき、本件更正処分により増加した所得税額(本件更正による所得税額二一九四万四三〇〇円と修正申告による所得税額四八一万〇一〇〇円との差額一七一三万四〇〇〇円(一〇〇〇円未満の金額を切捨てる。))を基礎として一〇〇分の五の割合による過少申告加算税(一〇〇円未満の金額を切捨てる。)を賦課決定した。

(原告の評価に対する反論)

原告は、交換取得土地を相続税の認定方法を援用して六六九万六七九八円と評価する。

しかし、所得税法においては、一定期間内に発生した所得が課税客体であるのに対し、相続税法においては、相続開始の時という一定時点における相続財産の価額が課税客体となるのであり、両法はその課税客体を異にしているので、何をもつて時価を把握するかにより、時価の取扱いは必ずしも同一ではなく、実際上の評価の運用については、各税法の課税目的からこれを解釈すべきであり、むしろそれが課税の公平を期するゆえんである。

したがつて、本件における交換取得土地の評価について相続税の評価額を採用しなければならない理由はない。

三  被告の主張に対する原告の答弁

(認否)

(更正処分の根拠)について

1 1(一)(1)の事実は認める。

2 同(2)の事実中、阪東商事が被告主張の時期、相手方、買入代金によつて交換取得土地を買入れたことは認めるが、その余は否認する。

3 同(3)の事実は認める。

(反論)

1 本件交換は、次のとおりの経緯により行なわれた。

(一) 熊谷観光は、昭和四七年一月ころ、原告所有の交換譲渡土地を含む地域においてゴルフ場を開設するため、数十億の費用を投じて工事を進めていたが、緊急に交換譲渡を買収する必要に迫られ、阪東商事に対しその買収方を依頼した。そこで、阪東商事において原告と交渉した結果、原告は、交換譲渡土地に見合う土地を取得することを条件として、交換譲渡土地を阪東商事に譲渡することを承諾した。

(二) 阪東商事としては、交換に供する土地を緊急に集める必要があること、また交換譲渡土地を熊谷観光に対し高値で売却できる見込みがあることから物件の地勢・立地条件等を選択することもなく、また、その買収価額の限度を問うこともなく、昭和四八年二月二一日から同年三月二日までの約一〇日間に多数の不動産ブローカーを動員して四か所に散在する交換取得土地を代金合計一億二九四三万五〇〇〇円で買受けたが、それでも所要の適当な物件が取得できなかつたので、原告に対し、交換取得土地のほかに二五〇〇万円という多額の金銭を交付することとして、同月一二日本件交換をしたうえ、同日、熊谷観光に対し交換譲渡土地を代金三億円で売渡した。

2 右のような事情にあるから、阪東商事の交換取得土地の買入れは、熊谷観光のゴルフ場開設に伴う緊急の買収に端を発する一連の売買行為の一環をなすものであり、このような場合の売買価格が異常な高値を示すことは周知の事実である。

加えて、阪東商事は、右一連の売買行為を原告の代理人としてではなく、自己の計算で行なつたのであるから、交換取得土地と交換譲渡土地の価額を自由に操作することができた。

なぜならば、熊谷観光に対する関係では、早急にゴルフ場を開設する必要からその売値を短期間に相手方の支払能力の限度まで一方的に値上げすることが可能であり、一方、土地取得の面では、熊谷観光との売買契約前に原告との交換契約をする必要があり、急を要することと、異常な高値で売却する土地の価額の範囲内では交換取得土地を相当高値で買入れても十分勘定が合うことになるからである。

また、右一連の売買行為は、ゴルフ場開設地域内に飛び地となつていた原告所有地を熊谷観光が緊急に買収することから大量の物件を、本件交換の直前の約一〇日間という極めて短期間に買受け、更に緊急に本件交換をし、交換譲渡土地を熊谷観光に売渡すというまさに、異常な売買行為であつたし、そのために交換取得土地の地価が一時的に相当値上りしたであろうことは当然考えられることであり、阪東商事において取得物件の良し悪しを考慮する余地は、ほとんどなかつた。

したがつて、土地ブームの一般的事情をこれに適用することはできない。

更に前記のとおり、熊谷観光は、既にゴルフ場開設工事に着手し、交換譲渡土地を緊急に買収する必要に迫られていたから、阪東商事と熊谷観光の売買もまた正常な取引ということはできず、したがつて、本件処分における交換取得土地の価額が阪東商事と熊谷観光との間の売買価額を下廻るからといつて交換取得土地の価額の認定が適正であるということもできない。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  請求原因1、2の事実(本件処分の内容及び不服申立等の経過)並びに原告が昭和四八年三月一二日、阪東商事に対し、交換譲渡土地を譲渡し、その対価として、同会社から交換取得土地及び二五〇〇万円の金銭を取得したことは、当事者間に争いがなく、また、原告の同年分の譲渡所得金額を算出すべき収入金額が交換取得土地の価額と右金銭との合計に相当することも、原告の認めるところである。本件の争点は、本件処分における交換取得土地の価額認定の当否のみに係つている。

二  そこで、交換取得土地の本件交換時における価額について判断する。

1  阪東商事の買入れ価額

阪東商事が、本件交換の直前である昭和四八年二月下旬から同年三月上旬にかけて、交換取得土地を、別表(二)のとおり三協不動産らから合計一億二九四三万五〇〇〇円で買入れた事実は、当事者間に争いがなく、被告は、これを売買実例として交換取得土地の価額を認定していることが明らかである。

一般に、土地の価額を評価するに当たり、当該土地と立地条件等の近似する土地であり、かつ、評価すべき時点に近い時期にされた売買実例を基礎資料とすることは、その売買において成立した価額が正常の取引によるものであるかぎり、合理性があるから、本件のように、評価すべき土地そのものについてその直前に売買がされている場合には、その売買価額をもつて当該土地の価額と認定することができる筋合であり、問題は、阪東商事が交換取得土地を買入れた価額が果して正常の取引によつて成立したものかどうかの点にある。

2  交換取得土地買入れの経緯

成立に争いのない甲第一、二号証、第六号証の一、二、証人栗原金次の証言及び原告本人の供述を総合すると、次の事実を認定することができる(この認定を左右するに足りる証拠はない)。

(一)  熊谷観光は、昭和四六年ころから、自己の経営する高根カントリーゴルフ場の拡張を計画し、右計画の予定地内の土地をすべて買収しようとしていたが、原告が所有していた交換譲渡土地は、右予定地内の五番ホールと六番ホールに位置していた。

(二)  そのため熊谷観光は、昭和四七年ころ数回にわたつて、原告に対し、交換譲渡土地の買収方を、反当たり一八〇万円という当時としては相当高額な値段で申し入れたが、原告には先祖代々所有の交換譲渡土地を手放す意思はなく、右申し入れはすべて拒絶された。

(三)  ところで、熊谷観光は、同年暮ころまでには、右予定地内の土地は交換譲渡土地を除いてすべて買収を済ませたが、昭和四八年秋に前記ゴルフ場を開場する予定で既にゴルフクラブの会員権を発行してしまつており、開設工事をする関係上同年三月ころまでに交換譲渡土地を確保しなければ、ゴルフ場の開場が不可能となつて、多大の損害を蒙ることが予想されたために、昭和四七年暮ころ、原告の縁戚である栗原金次(阪東商事の取締役)に対して、交換譲渡土地を昭和四八年三月ころまでに確保してほしい、金に糸目はつけない旨依頼した。なお、阪東商事は、地元の不動産業者であつて、同会社自身も右ゴルフ場の用地を売渡していた。

(四)  右の依頼を受けた栗原は、原告に対し、交換譲渡土地を売り渡すよう説得を重ねた結果、原告も、交換譲渡土地に愛着を感じてはいたが、縁戚で義理合いのある栗原の説得であること、交換譲渡土地の周囲の土地はすべて熊谷観光に買収されて、ゴルフ場開設のための造成工事が進められていたことなどの理由から、交換譲渡土地に近い位置にあつて地積が同等の土地と交換するという条件であれば交換譲渡土地を手放してもよい旨決意し、昭和四八年一月ころその旨を栗原に回答した。

(五)  ところが、阪東商事は、右交換に供する土地を所有していなかつたため、急拠土地を買収することになつたが、交換譲渡土地の買収期限が迫つていたことや、交換譲渡土地を取得すれば熊谷観光に対して相当の高値で売却できる見込みがあつたことから、いわゆる不動産ブローカーから持ち込まれた物件を、その価額、立地条件等について詳しい検討をすることもなく、いずれも売主側の言い値どおりの値段で、同年二月二一日から三月二日までの間に、別表(二)のとおり三協不動産らから買入れた。

しかし、交換取得土地は、交換譲渡土地とは離れた位置に四か所に分散して所在し、交通も不便であつて、山林としての価値も交換譲渡土地に比して見劣りするうえ、合計地積の点でも同等の地積を確保することができず、加えて、原告としては、交換譲渡土地は実際には公簿面積より相当広いと考えていたことなどの事情から、阪東商事と原告の間においては、当初交換取得土地に税金分として四〇〇万円を付加して交換する約定であつたものを、最終的に右の付加金を二五〇〇万円とすることで妥結し、昭和四八年三月一二日本件交換が成立した、そして、阪東商事は、同日直ちに、熊谷商事に対し、交換譲渡土地を合計三億円で売渡した。

3  正常の取引による価額か

前段に認定した事実からすると、買主の阪東商事としては、短い期間内に代替地を入手することが最大の課題であり、そのため、値段を問わずに交換取得土地を買集めたことが明らかであり、他方、売主側もそれを見込んで高値に売り込んだであろうことは、推測にかたくないから、阪東商事が交換取得土地を買入れた取引は、思惑的要素の濃いものであつて、この取引において形成された価額が正常な取引による価額であるとは到底いうことができない。そうである以上、右買入れ価額合計一億二九四三万五〇〇〇円をもつて、当然には、交換取得土地の客観的交換価値に相当するとはいえない。

4  他の売買実例について

成立について争いのない乙第九・一〇号証、証人本郷良一の証言から真正に成立したものと認められる乙第七号証及び同証人の証言によると、

(一)  交換取得土地のうち〈1〉から〈6〉の土地の所在する川本村大字本田地域において、(ア) 昭和四八年二月二六日川本村大字本田字中篠場一三九五番一、同所一三九六番二及び三の山林合計二五三〇平方メートルが合計一五三二万円で売買され、次いで同日一九一五万円で転売された事実、(イ) 同年二月二二日同所字四反歩二九七一番、二九七二番、二九九〇番の山林合計約五〇七五平方メートルが合計三五三七万四〇〇〇円で売買され、次いで同年四月二日三九二一万九〇〇〇円で転売された事実、(ウ) 同年四月二〇日同所字上本田前五二九一番一、同番四から六及び五三一三番二の山林合計三二三二平方メートルが合計二七三五万六〇〇〇円で売買され、次いで同月二七日三六六三万七〇〇〇円で売買された事実

(二)  交換取得土地のうち〈7〉から〈10〉の土地付近において、(エ) 江南村大字樋春字悪場南二〇七五番三及び四の山林合計二九七〇平方メートルが合計五四〇〇万円で売買された事実、(オ) 同年二月二日同村小江川字谷田一八八五番地の山林一四三八平方メートルが合計一三〇〇万円で売買され、次いで同月三日一四三八万八〇〇〇円で転売された事実、(カ) 同年九月一〇日同所字谷田一八九一番二及び一八九二番の山林合計一九七三平方メートルが合計一八四〇万円で売買され、次いで同月一二日同所一八九一番の山林一九七三平方メートルとあわせて合計四五三七万二〇〇〇円で転売された事実

(三)  交換取得土地のうち〈11〉の土地付近において、(キ) 同年四月七日江南村大字小江川字新山一六一〇番地の山林約二二五〇平方メートルが合計一五〇〇万円で売買され、次いで同年五月七日一五六八万六〇〇〇円で転売された事実を認めることができる。

一般に、取引の正常性を判断するに当たり、当該取引と時期及び物件の地勢・立地条件等が近似する他の売買を比較することには合理性があるから、右認定の各売買価額と阪東商事が交換取得土地を買入れた価額とを比較することによつて、阪東商事の取引が正常な取引であつたかどうかを判断することも、一概には否定されないであろう。

しかし、本件においては、以下に述べる理由により、右各売買実例をもつて阪東商事の取引の正常性判断の資料とすることは適当ではないといわざるをえない。すなわち、

阪東商事が交換取得土地を買入れた昭和四八年当時は、いわゆる石油シヨツクによる経済動乱がおこる前の土地投機等のブームを呼んでいた時期であり、同時期における地価の変動が激しかつたことは、公知の事実であつて、前掲栗原証人の証言によつても、当時交換取得土地付近の土地についても土地投機の対象とされていたことが窺知されるところであり、前記認定の七個の売買実例中(エ)を除く六例は、いずれも売買の日ないしそれから一か月半後に転売されて相当の転売利益をあげている事実からみても、右各土地の値動きが激しかつたことが推認される。そうだとすると、前記認定の各売買実例において成立した価額がそれ自体、投機的・思惑的要因によつて形成されたものではないかとの疑問が生ずる。

また、一般に、土地の価額が、その地勢、立地条件等(環境・接面道路の状況・公法上の規制など)の種々の要因に大きく左右されるものであることも公知の事実であつて、前記各売買実例における価額を単純に比較することは取引の正常性を判断するうえでは無意味であるところ、前記各土地の地勢・立地条件等とが交換取得土地と比較してどの程度優れているのか、あるいは劣つているのかを判断すべき資料は、本件においては何ら存しない(固定資産税の評価額が、ある程度地勢・立地条件等を加味して決定されているとしても、その評価額のちがいが正確に各土地の地勢・立地条件等のちがいをあらわしたものと考えるべき根拠にはならない。)から、結局、本件においては、前記各売買実例をもつて直ちには阪東商事が交換取得土地を買入れた取引の正常性の判断資料とすることはできない。

5  上記のほか、交換取得土地の価額が本件処分における認定の一億二九四三万五〇〇〇円であることを裏付ける的確な資料は提出されていないし、また、本件の全証拠によつては、右価額が原告の自認する六六九万六七九八円を超えるものと認めることもできない。

もつとも、証人松村勝人の証言から真正に成立したものと認められる甲第一〇号証(鑑定評価書)に従うと、交換取得土地のうち〈1〉及び〈4〉の土地の価額は、それぞれ一六七万円及び八三万一〇〇〇円となるが、これを正当としても、右各土地の価額に、原告の自認する交換取得土地のうちその余の土地の価額(六四七万〇三九八円)及び前記付加金二五〇〇万円を加算した合計三三九七万一三九八円から、租税特別措置法三一条の三に規定する取得費一六九万八五六九円及び同法三一条二項に規定する特別控除額一〇〇万円を差し引いた三一二七万二八二九円は、原告が本訴において取消を求める譲渡所得金額三一四八万五五五五円を下廻るから、右事実は、前記の結論を左右するものではない。

三  以上の次第であるから、交換取得土地の価額が一億二九四三万円であることを前提に原告の昭和四八年分の譲渡所得金額を一億四五七一万三二五〇円とした本件処分は、誤つた価額認定にもとづく違法なものであるというべきであつて、本件処分のうち原告が本訴において取消を求める譲渡所得金額三一四八万五五五五円を超える部分に対する所得税額及びこれに対応する過少申告加算税額の部分は取消しを免れない。

四  よつて、原告の請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 橋本攻 一宮なほみ 綿引穣)

物件目録(一)、(二)及び別表(一)~(三)〈省略〉

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